第6章『助さんの野望』

昭和46年、2代目助さんとして『水戸黄門』に登場してから、 『大江戸捜査網』に主演、『長七郎シリーズ』にも主演と、時代劇スターとして 着実に人気を集めるようになったが、決して助さん役を降りなかった。 里見には「助さんあっての『長七郎』」という気持ちがあったのだ。 何に対しても慎重で「ゆっくりと一歩」という言葉を座右の銘にしている里見らしい 選択だった。
『水戸黄門』は、一時は視聴率40%を超えるお化け番組といわれ、 その人気を支えているのは、助さんでもあった。自ら主題歌も歌い、 その歌「あぁ人生に涙あり」は日本人ならば誰もが知っている曲となった。 また、舞台にも進出。昭和52年には、御園座で初座長をつとめ、その後も 明治座などの大劇場の座長をつとめ、その地位はいまも、かわらず維持しつづけている。
そして昭和63年、17年間演じた助さん役を、あおい輝彦にバトンタッチ する。それは、助さん引退の機が熟したと感じての決断だった。 それは、終わりではなく、新たな役者人生の始まりであったのである。 「おれは主役だ!もっといい役を!」という野望を持たなかった助さんの選択は 正解だった。
ある、プロデューサーが里見のことをこう言っている。 「もともとコーちゃんという人は、不思議な人間的魅力を持っている。 面倒なことが起こっても周囲が放っておかず、彼を担ぎ上げ、ご本人はあわてず 騒がずその上に鎮座ましますといったところがあるのだ。」その言葉通り、 里見の周囲にはいつも、いい人々がいて彼の人生を良いほうへ良いほうへと 導いていった。 しかしそれは、里見の自身の底知れない魅力によるものだったに違いない。
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