第2章『東映第三期ニューフェイス合格』
親戚を頼って上京したものの、その親戚というのが東京卸売市場で仲買業をしていたため、
邦俊は、ここで働きながら歌のレッスンに通いはじめた。
ところが、なかなか良い先生に恵まれず、何ヶ所も通ったようである。
そうこうしているうちに、コロンビアの作曲家と知り会いという人に出会い、デビューというところまでこぎつけることになる。
ある日、東映の第三期ニューフェイスの受験通知が邦俊の手元に届く。それは、コロンビアの作曲家を紹介してくれた方の仕業だったらしく、
なにやら、その方の家の庭で撮った写真に履歴書を添えて応募に出してしまっていたのだ。
といっても、何万人もの応募者から選ばれた300人程の中に入ってしまったのだから、これもまた運命だったのだろう。
そして、いよいよ受験当日。乗った電車には美男美女がいっぱいで、受験前からほぼあきらめていたようである。
試験は、水着一枚での審査などがあり、『情けないやら恥ずかしいやら』何とか無事その日は終了した。
数日後、一通の電報が届いた「ダ イサンキトウエイニューフェイスゴ ウカクス」。
母親は、この知らせを聞いて経済的援助が出来ないことをとても困ったという。
邦俊には5歳年上の兄がいるがその兄も大反対だったようだ。
その時の合格者は、男性8人女性19人だった。
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